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モノの数を決める断捨離!捨てる基準は使えるかじゃなく数にする

こんにちは(⊹^◡^)ノo゚。*

前回の記事では、モノを減らすとお金が貯まるというお話をさせていただきました。

 


 

一見すると関連性のない話のようですが、めぐりめぐってそういうことか…と理解して頂ける内容かと思います。

今回の記事では、モノを処分するときの基準をどうするか、このもっとも基本的な、けれども何より難しいかもしれない内容について一緒に考えていきましょう。

 

 

多いものは見つからないの法則

耳かきをしたいとき、耳かきが見つからない。

これ、本当に苛立ちますよね。

じゃあ、耳かきを少し多めに買って数を増やしておけば解決するんじゃないの?

と考えてしまいがちですが、そうは問屋が卸さないのです。

 

逆に、たった一つしかない毛抜きは自分自身がその1本しかないということをしっかりわかっており、使い終わったあとも必ず次に使うときにわからなくならないようきちんと元の場所に戻しておくので、使いたいときに「あれ?ない?」ということはまずありません。

 

何がいいたいのかというと…

数が多いがためにその“モノ”を雑に扱い、本当に使いたいときに上手に活用できないということがあらゆるモノについて言えるのではないか、ということ。

数が多いとどうしても気持ちは分散してしまいます。

そして有り難みが減るのです。

結果、「どこにあるんだっけ?」ということに。

心当たり、ありませんか。

 

 

捨てる基準はズバリ“数を限定”

私もさまざまな片付け、断捨離の本や映像を目にしてきました。

衣類に関していえば、ほとんどのものがワンシーズン、あるいはフォーシーズン、ときに、2年袖を通さなかったら…

ということを捨てる基準に掲げています。

 

もちろん、そんな方法はやり終えました。けれども、けれどもです。

まだまだ衣類があるのです。

服が減らないのです。

 

なぜか?

本当に大事なことが抜け落ちた処分方法だからです。

 

 

空間には限界がある

芸能人の中には増えすぎた衣類を収容しきれずに、新しくマンションを借りたり、トランクルームを借りたりしている人もいます。

しかし一般人でこれをしようという人はまずいないでしょうし、よほどでない限り、それまでに断捨離の何がしかをして対処していることでしょう。

 

モノを処分するうえで忘れならないのは、

モノは空間を奪う

のだということ。

 

使える使えない、着る着ない、そんな感情面は抜きに、モノはとにかく場所を確保しようとします。

衣類も生き物、生存しています。

つまり、モノを処分する基準として「着る、着ない」「使える、使えない」はそれこそ“使えない基準”といっていいでしょう。

そこには主観と予測が入り、結果、まだこれは捨てられないな、に落ち着いてしまうのです。

 

それはそうです。着る着ないの判断がつかなかったから衣類は増え続けたのだし、使えなくても壊れてなければとても捨てる気にならなかったモノが今もなおあなたを苦しめているのですから。

そこでたどり着いた答えが、使えるか使えないか、着れるか着れないか、という“可能領域”で処分を決めるのじゃなく、一切は

数を決めること

で解決するしかないだということです。

 

 

切り裂かれる思いでするから意味がある

そんな残酷な…

まだまだ使えるのだから、使えないものは処分するのは仕方ないにしても、使えるものはとって置きたいわ、というのでは何も変わらないのです。

たとえば、カーデガンが12枚あるとしたら、それを5枚だけ所有すると決める。

残り7枚は処分。

簡単に処分行きになるものもあるでしょうが、残す5枚をとても選べないという状況も発生するでしょう。

当然です。壊れてもいなければ、将来どういうタイミングで着たくなるかもしれないと思えば尚の事。

 

しかし、数を決める。

なんとしても5枚だけ残すとなったら、いろいろと理由を見つけてその5枚に限定していくのです。

飽きない色だから、型だから、しっかりした縫製だから、流行のないデザインだから、想い出の品だから、何でもいいのです。

 

結果、5枚にすればとにかく成功ということにしていきます。

辛く、どうしてこんなことまでして捨てなくてはいけないのかと、何度も手を止め、自分のしようとしていることの罪悪感に苦しむでしょう。

 

それでいいのです。

その捨てる苦しみこそが、人生をやり直すのに、もっとも必要な痛みなのですから。

人生とは選択の連続だという言葉を何度か耳にしたことがあると思います。

まさに、断捨離においてもそうです。

お金と時間と労力に想ひ出まで加わった服を、またも時間と労力、そして罪悪感とともに捨てなくてはいけない。

この自分の行為を見つめる時間、それこそが新しい増やさない快適な人生を生きるのに必要な修行の時間、過程なのです。

この作業に徹し、成功したあとに、ただ欲しいという刹那的な衝動でモノを買うことはなくなるでしょう。

購入するとしたら、それは必要なものだから購入するに変わるはずです。

いえ、必要なものであっても、一瞬のためらいが起こるでしょう。

本当に必要なものなのかと。

 

ここまで思考がいけば、大成功です。

簡単に手に入ったからといって簡単に手放せるということはありません。

人は所有してしまったものは、たった百円で購入したものですらなかなか手離そうとしないのです。

 

数を決めれば、使えるか使えないかの基準は色あせます。

そんな勿体ないことをして本当にいいのだろうかと思うことでしょう。

 

捨てる、処分するというのは、何も残酷なことじゃありません。

捨て方、処分の仕方というものによっては、モノにとっても第二の素晴らしい人生が待ち構えているということになります。

あなたが不要なものが、ほかの人にとっては一番大事なものになる可能性というのもいくらでもあることです。

手離して、必要な場所、人へ還元する。

生きている間にしたいことです。

いかがでしたでしょうか。

処分の基準は、数決めということを今回はお話してきました。

 

 

次回は、その数を決めるに従うとしてどうやって残すものと残さないものを判断、選り分けるか、思い切るかの基準、考え方についてお話をして行こうと思います。