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増えた衣類の断捨離は「数」で決定!いつかは来ない

こんにちは(⊹^◡^)ノo゚。*

前回の記事では、捨てる基準を使えるか使えないかではなく、数を決めるということを強調しました。

 

 

ワンシーズン着なかったら、あるいは一年間袖を通さなかったらといった条件付で服を捨てることは多くのところで提唱しています。

しかしどうでしょう。

その結果、あなたの周辺環境は劇的に変わりましたか。

 

あなたが思っていた断捨離の結果は現れたでしょうか。

多少は処分したものもあると思います。

 

にしても…

何かを捨てるのに、一年待つ必要が本当にあるでしょうか。

 

私たちはそれほどに長寿な人生を約束されているのでしょうか。

これは自分への反省を多分に含んだ取り組みでした。

 

 

何を着ないかじゃなく何を着るか

どれほど服を持っていようと、どれほどカバンや靴を持っていようと、残念ながら私たちの体はひとつきりしかありません。

もったいないし、しばらく着ていないからという理由で、好きでもなく、素敵にも思えない洋服を他に着たい服、似合う服、素敵な服があるのに敢えて選ぶでしょうか。

 

今までも、そしてこれからも選ばないことでしょう。

私自身そうでした。

自分に似合う素敵な服があるのに、それを選ばずに寝かせておいてはもったいないから、という理由だけでその服を選ぶことはありません。

 

数があるからといって、その洋服の枚数分活用するわけじゃないのです。

必要にして最低限の、本当に本当に着たい服だけを持つ。

もう、これしか溢れるだけの洋服から逃れる術はないのかもしれません。

 

 

クローゼットに空間を作ると心にも余裕が

キャビンアテンダントの仕事をしていた友人の部屋に招かれたときのこと。

彼女は、多すぎる洋服を手放したといって、タンスを私に開いて見せました。

 

 

そのあまりのガランドウぶりに、しばし言葉が出なかったほど。

彼女はお気に入りのスーツ2着とブラウス、シャツ、バーバリーのコートに3枚のショールと下着数枚を残し、すべて処分したというのです。

 

ここまでの徹底した断捨離は難しくとも、この映像は長く私の記憶に留まり刺激を与え続けました。

彼女は旅が日常だったので、モノに支配されている部屋に戻るたびに不安に陥っていたといいます。

管理できないもの、多すぎるものを保管している生活自体がストレスだったということで、思い切ったようでした。

モノを処分したあとのあの晴れ晴れとした表情。

 

あれこそが、モノを捨てて、本当に必要なものだけに囲まれたときの至福の顔なんだと思います。

 

 

「いつか」より今日の快適さを追求する

好きなものをとっておいて腐らせたといった経験はありませんか。

私はあります。

大切にするあまり、大切にタンスに保管しておいたワンピースに黒かびを生えさせ、一度も袖を通すことなく処分したことも。

 

「いつか」は来ない、だから捨てましょうということじゃなく、「いつか」が来る来ないにかかわらず、捨てなくてはいけない時、ものがあるという覚悟で挑むことが肝心です。

 

それほどにモノを処分するということは徹底しないと元の木阿弥になってしまう怖さがあるのです。

数で仕切る、数を決めて処分することによって、はじめて快適な時間と空間と思考を取り戻すことが可能になります。

 

 

では、どうやって数を絞り込むのか、どうしたら処分の決心をつけられるか。

より具体的な思考、方法を次の回で考えていきましょう。