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断捨離で服の枚数を半分以下に!人生を断捨離する

こんにちは(⊹^◡^)ノo゚。*

衣替えのたびに、増えすぎた洋服の前で頭を抱えていませんか。

必要なものが必要なときに取り出せない。

それが本当に豊かな暮らしと言えるでしょうか。

たとえ枚数は少なくとも、必要なものが必要なときにちゃんと取り出せる。活用できる。

それが、本当の豊かな生活、人生なのではないでしょうか。

 

 

大切なのは片付け方じゃなくその先

世に、断捨離やシンプルライフのための本は溢れかえっています。

断捨離をしたいのに、それをするための方法論を探すことで溺れてしまっている人も少なくありません。

思うに、断捨離に一番必要なのは、方法論ではなく、もっとその先にある人間、人生についての話なのではないかと思うのです。

 

洋服の枚数を何枚にするか、使えるものじゃなく必要かどうか、

いろいろな基準が示され、そのとおりに断捨離出来る人もいれば、いくらそう言われてもさっぱり片付かない人もいます。

なぜなら、本質はそこにあるわけじゃないということに気づかないから。

 

モノを片付けたい、減らしたい!

 

ただそれだけが目的ならそれはうまくいかないでしょう。

なぜ減らしたいのか。

減らしたことによって何がどうなると思っているのか。

そのことによって、どういったことを実現しようとしているのか。

 

ゴールのないマラソンはただ苦しいだけ。

その先にどんな光景を見たいのか。

そして、なぜその光景を見たいのか。

そこが肝心なのです。

 

 

何も持たず生まれて何も持たず去っていく

簡素なもの、簡素な光景、そういったものを見ると、胸が締め付けられるような想いに囚われることはありませんか。

多くのものに囲まれて生活しながら、なんと不自由で煩雑な生活を強いられ息苦しい毎日を送っているか。

 

考えていると悶々としてくるはず。

そしてどこかで「まだ間に合う…」という声が聞こえてきたり。

 

この心の葛藤は、人間の宿命から目を、心をそらして生きていることへの罪悪感なのかもしれません。

その宿命とは、生まれたからには死ぬという運命そのものです。

 

 

3.11の教訓こそ断捨離に活かす

3.11の大地震のときに、多くの人々の命を奪った津波。

その映像をご覧になったことがありますか。

私は何度も何度もあの津波映像をユーチューブで観ました。

 

すると、大事にしなければいけないもの、守らなければいけない本当に大切なものは命以外ないのだなと、そう確信したものです。

いかに入主困難なブランドも、高価なアクセサリーも、1回の大津波で綺麗さっぱり消えてなくなります。

 

一瞬で奪われてしまうもののために、どうして一度きりしかない人生をくだらない上司やブラック企業に捧げることができるでしょう。

 

実際、いつ噴火するかもわからない火山噴火に遭遇した場合、あるいは原発事故でも証明されたように、緊急避難の時に持ち出せるのは命ぐらいです。

それこそ着の身着のまま、命だけを避難させることで精一杯。

いざとなれば、人はそうするし、そうせざるを得ないとなれば諦めざるを得ないのです。

 

ならば、その考えを今、この日常生活に取り込みませんか。

半年着ない服は捨てる、一年以上袖を通さない服は処分、そんな小手先のやり方より、ずっとずっと真実のやり方で挑んでみてはどうでしょう。

 

私は3.11で知人の多くが家や職場、果ては家族を失う姿を見てきました。

荷物を取りに戻って津波に命を奪われた人も少なくありません。

命以上に大切なものが家の中にあるでしょうか。

大事なものが何かを見失わないために、物理的にシンプルを目指す。

この考えが核としてあれば、止まりがちな手や決断しかねる断捨離をきっと後押ししてくれることでしょう。

 

 

今ある服の枚数を半分に!?

どこから手をつけていいかわからない服の山の前で呆然としてしまうことがあります。

これほどあるのに、どれも用を成さない。どれひとつとして「これだ!」というものがない。

いつか着る、いつか痩せる、いつか再ブレイクする。

想定の中の「いつか」はいつもバラエティです。

でも、その「いつか」が来たら、そのときに調達すればいいという考え方があってもいいのでは?

 


「いつか」は10年後かもしれないし、明日かもしれない。

いつくるかわからない「いつか」のために費やす部屋のスペース、手入れの苦労、なんとかしなくちゃという気持ちの焦り、それらを金額に換算したら、「いつか」が来たときに改めて入手するときの金額になるのではないでしょうか。

今ある服を半分にする、というのをひとつの例として、まずは目標をたてること。

 

そして、何のために断捨離をしようとしているかを常に想い出す。

津波に流されたと思えば…

というのが迷いが生じたときの私のやり方です。

このやり方が向く人、向かない人、いろいろだと思います。

 

興味のある方は、この考え方で断捨離をしてみてください。

夢物語じゃなく、実際に着の身着のままで住み慣れた家を離れる日が来ないとも限りません。

追い詰める必要はありませんが、モノに囚われることなく大事なものを見失わない人生を送るために、一つの提案としてご紹介しました。

 

では、また次回に。

最後までお読みいただきありがとうございました。