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断捨離で無駄遣いを激減させる!効果のある言葉とは

こんにちは(⊹^◡^)ノo゚。

モノを減らしたい、そんな不毛な考えを考える時間をそもそも減らしたい。

そう思いますよね。

 

単純に、捨てないかぎりモノはいつまでもそこに存在し続けます。

必要なときはそれが心強く見えても、不要になると、ただストレスになるだけ。

寂しい、そして申し訳ない話ですが真実ですよね。

 

でなければ、モノを減らしたいのに断捨離関連の本は増えてもいいから購入してしまうという珍現象は起きません。

そう、不要なら捨てればいいだけ。

でも、それが信じがたいほど難しい。

 

 

それはモノではなく、記憶している化石だから

なぜなんでしょう。

もう使わない、気に食わない、サイズが合わない、流行じゃない、必要じゃない。

なのに、捨てられない。

答えは簡単です。それはすでにモノじゃなく、「もののけ」になっているから。

 

突拍子もない言い方になってしまいましたが、遠くない例えと思います。

モノに宿る魂、記憶を同時に見てしまうから捨てられないのです。

魂や記憶を捨てることは、自分の人生の断片をはぎとって、穴だらけにしてしまうような、そんな罪悪感と不安を誘ってしまうから。

 

でも、ここからが肝心です。

私たちが生きるのに忘却ほど大事なものもまたありません。

忘却しなければ気がふれてしまうほど人は沢山傷つきながら生きています。

ただ、モノは物体なのでそこにあるかぎり忘却してもすぐに浮上してきます。

 

だからこそ、より良く生きるために忘却と同じことをモノに対してほどこさなければならないのです。

それが、決別、つまり処分ということになるでしょうか。

捨てる行為なのです。

 

 

なぜ無駄遣いが減ることに繋がるか

少なからず、モノを捨てるときによぎる感情。

それは、せっかく買ったのに。

という気持ち。

 

欲しいから、似合うから、必要になるから、流行だから。

 

購入するときにあれこれ理由をつけてはお金を使っていたあの感覚。

今の気持ちのまま、もしタイムトリップできたらどうでしょう。

その目の前にある、結局は2~3回しか袖を通さなかった白いシャツをふたたび買いますか。

 

 

デザインはおしゃれだけれど20mも歩かないうちに爪先が痛くなる靴を、懲りもせず購入しますか。

しないと思います。

さらに、どんなに欲しい、また流行している靴でさえ、相当に考えて購入する前に二の足を踏むのではないでしょうか。

消えるはずの1万円札は、このような状況のおかげで、あなたの財布にもう少し鎮座することになります。

 

それは洋服だけじゃなく、すべてのアイテムに及ぶでしょう。

 

本当に使うかな。

本当に必要かな。

 

この問いなくしてモノを見ることはおそらくなくなるはず。

大切なのは使うか使わないか以上に、手放すとき、方法をきちんと想像できるか。

捨てるのに何千円も必要なものや、維持するのにクリーニング代が何万もかかるものだったりしないか。

きちんと、そして惜しむことなく想像することです。

 

 

人間最後は骨、いや、灰になる

死ぬということは他人事じゃありません。

けっして平等とは言い難い世の中で、唯一わかりやすく平等だと思えること。

それは時間の長短はあれど、確実にみんな死ぬという現実です。

 

これほどに断捨離を行ううえで必要な真理は他にないといってもいいでしょう。

生まれたからには死ぬ。

増えたものを減らせない道理はありません。

徐々に増やしたように地味に減らさなくてはいけない道理もまたないのです。

時間をかけて増やしたものの時間と労力とお金がもったいない。

だからゆっくりと死ぬまでに時間をかけて減らせばいいや、という問題ではないのが断捨離の肝心なところです。

 


時間には質というものがあります。
そして、人生は不条理な中で進行していくものであるし、順番で死ぬわけじゃないし、善人だからといって長生きするわけでもありません。

 

不条理と理不尽のさなかに人生があることを思えば、

「もうこんなに沢山のものに翻弄される毎日は嫌だ!」

と思ったその時こそが、まさに断捨離にとりかかる大事なとき。

そしてタイミングだといえるのです。

必要じゃないから捨てるのじゃなく、人生の本当に大切なことに神経と時間を費やすために必要だから断捨離をするのです。

 

断捨離のためにものを減らすのじゃなく、よりよく生きるために必要だと思うから断捨離をする。

それを忘れないで頂きたいです。

では、また次回に。