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なぜ断捨離が必要なのか!? このままじゃいけないのはなぜか

こんにちは(⊹^◡^)ノo゚

断捨離、断捨離って世の中うるさい!

そう思っていながら、でもやっぱり断捨離しなくちゃいけないかなと、そう思っていたりしませんか。

 

そして、どうしてこれほどまでに断捨離をしなくちゃいけないのか、ときどきわからなくなるという方もいるかもしれませんね。

 

たしかに、断捨離は口でいうほどラクではありません。

時間もかかるし労力もいるし、心がせわしなく未来や過去へトリップして落ち着かなくもなります。

それでもなぜ人は「断捨離」に心惹かれてしまうのか。

 

いつかちゃんと断捨離をしなければと思ってしまうのか。

それはやはり、この世が永遠のものじゃないことをどこかでしっかり受け止めているからです。

普段口にしない人でも、家族の誰とも語り合っていなくても、また教わったわけではなくとも、動物としての本能がそうさせるのかもしれません。

 

 

終わりがくるよ。

人生には終わりが必ずあるんだよ、という遠雷のようなかすかな動揺。

記憶に新しいところでいえば、女優の川島なお美さんの死でしょうか。

 

生活に困らないお金があっても、愛し愛される伴侶がいたとしても、帰る家、打ち込める夢や仕事、悲しむ人々がいてもなお避けられない、この世との別れ。

最後の記者会見からそれほど時間も経っていないのに、また、ぎりぎりまで舞台で歌い踊っていたというのに今はもうこの世にいないという現実。

 

そしてそれが決して他人事ではなく、間違いなくいつか自分にも訪れる運命であることを思うとき、その最後の瞬間に人は一体何を思うのか。

それは嫁入り道具で持参した桐のタンスいっぱいに入った着物でも洋服でもジュエリーでもなく、あのときに「ごめんね」と一言いえばよかったなという後悔や、美しかった高原の景色をもう一度見たかったなといった気持ちであって、高級時計やネックレスをつけられない悲しみじゃないのです。

  • もっとたくさんの愛情を、
  • もっとたくさんの努力を、
  • もっとたくさんの慈悲の心を、
  • もっとゆったりとした人生を、

モノなんかじゃないのです。

 

どれほどの土地を所有していても、どれほどの預金残高があっても、人は体一つであの世へいくのです。

そんなことはない、自分は棺の中に入れられるだけの宝石を詰め込んであの世へいくわ、という方もいるかもしれませんが、それでも棺一個分です。

生きていれば必要だったあれもこれもが、あの世では無用の長物になる。

 

人生かけて収集したものが、最後には一枚の微笑んだ写真ほども値打ちがなくなる瞬間がくるかもしれないわけです。

トランクルームまで借りて集めた洋服やかばん、履ききれないほどの靴も何もかもより、一本の花ほどの値打ちもなくなる、それが死というものでもあります。

わかっていたはずなのに、まるで命が永遠であるかのように増やしに増やしたモノたちは、その後いったいどうなってしまうのか。

 

もちろん、どうにもなりません。

増やした、所有していたあなたがどうにかしないかぎり、他の誰かが処分に駆り出されるだけのことです。

だからといって、ピンピン生きてカラオケもして食べ放題のお店で楽しんでいる自分が今すぐに死ぬわけがない、縁起でもないことはしないに限る。

 

それに、まさか今日は死なないだろう、今月は大丈夫だろう、そうやってなんの保障もない未来へ宿題を残して日々をやり過ごしてしまうのです。

 

 

けれども、世の中は無情。

歩道を歩いていても、リビングでくつろいでいても災難が起きるときには起きてしまいます。

今日は都合が悪いから、あるいはまだやり残していることがあるから月末にきてと頼んだところで聞いてはもらえません。

自分の意思とは無関係のところでやってくる、それが死ですから。

 

断捨離をやらなくてはいけないのはなぜか、そして、「このままじゃいけない」のがなぜなのか。

おわかりいただけましたか。

断捨離は決して後ろ向きな作業ではないばかりか、限られた人生を有意義に心地よく暮らすためには必須の項目といっていいでしょう。

人もモノも増えすぎるとないがしろにされてしまいます。

 

都会を歩いているときと、田舎でばったり人に出くわしたときの気持ちは同じでしょうか。

何もない景色のなかに一軒の家がある風景と、チョコレートのように同じ大きさに割り振りされた巨大なマンションを見上げたときの感情は同じでしょうか。

私たちは、もう少しひとつひとつの対象を愛せるような、ゆとりのある生活へと心をシフトさせる必要があります。

 

そのために必要なことの一つとして「断捨離」はある。

そういう位置づけで考えるときっとやる気が少しは起きてくるかもしれません。