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【断捨離】本を減らす捨てる寄付する! 究極の10冊だけ持つ

こんにちは(⊹^◡^)ノo゚。

よほどのことがない限り、一冊の本を2度読むことはありません。

けれどそのいっぽうで‥‥

すでに読んだ本だというのに絶対に手放したくない本というものもあります。

手元に残す本はそれ。

あとは手放しても問題なし。ということで私は持っていた本のほとんどを処分しました。

 

理由は‥‥

ひとことで言えば増えすぎてしまったから。

そして、本の持つ重圧に耐えかねてしまったから。

さらには持っていることに固執している自分が嫌になったから。

 

 

一日の読書量は3冊以上

よく評論家や作家のインタビューのときに背後に書棚が映っていることがあります。

ぎっしりと詰め込まれた壁一面の本棚を見て毎回思うことは、

この人は手放さない人なんだな

という想いばかり。

 

決して知識人なんだなとは申し訳ないですが思いません。

本人は読書家を気取っているのかもしれないですが、本当に本を読む人は飾ることより、手放す勢いで読み漁るもの。

自分もこれまで数千冊の本をおそらく捨ててきました。

とてもではないけれども増え続ける本をこのまま持ち続けていたら床が抜けてしまう。

物理的な危機感に襲われたことが理由といえば理由でしたが、それを収納するための棚を、もうひとつたりとも増やしたくないと思ったのです。

 

 

処分選別の基準はもう一度読みたいかどうか

その頃の自分は活字中毒かと思うほどに本を読み漁っていました。

学生であったときは当然として、社会人になってからも本好きは変わることなく、一週間に14,5冊は読んでいたものです。

もちろん図書館も利用していましたが駅に素敵な本屋さんが入っていたこともあり、なんだかんだでだいぶ本にお金を注いでしまいました。

そこに悔いはないですが、増えすぎた本は悩みの種。

貧乏性の自分は、商品として並んでいたときと変わらぬほどに綺麗な本を、いくらもう読み終えたからと、とても処分なんてできない。

本を処分するぐらいなら服や家具を処分してスペースを作ろう。

そうやって付け焼刃な対処法で増え続ける本を見て見ぬふりしていたのですが、この機会に処分するかという事態が何度かあり、そのおかげでスッキリすることに成功したのです。

 

それは‥‥

 

幾たびかの引っ越しでした。

 

 

来ない「いつか」のために何を躊躇しているのか

引っ越しほど思い切れることはありません。

私が大量の本を手放す決心ができたのも、次の引っ越し先にこれら本は入らない。

処分しなくては生活がしにくくなるし、必要なものさえ入らなくなる。

そんな危機感に押されたためです。

そして実行しました。基準はシンプルに、

「もう一度読みたいかどうか」

装丁が綺麗だから、定価が高かったから、サイン本だから、感動したからといったことを考えていたら恐らく一冊も処分できる本はなかったことでしょう。

 

でも基準は、

「もう一度読みたいかどうか」

これなのです。

 

するとどうでしょう。

それまで処分など考えもしなかった素敵な装丁の本や高価な本も次々に処分箱に振り分けることができるじゃないですか。

 

だって、もう読まないんだもの。

あれば「いつかは」手にするかもしれないし、もしかしたら読むかもしれないけれども、少なくとも今読みたいかと自問自答したときに、「もう読まないな」と判断されてしまった本たちなのだから仕方ないです。

「いつか」が本当にこないことはもう説明され尽くしました。

本当に私の場合は来ない日です。

「いつか」という日は。

 

 

処分しないと新しい本に出会えなくなる怖さが

誰もがそうとは言いません。

ただ、読みたい本が次々と誕生する以上、そしてそれを読むための生きる時間が有限である以上、もう読み終えた本を手にすることはもったいない。

そう思えるのです。

もちろん、好きな映画を何度も観るように、好きな本は何度読んでもいいものです。

 

でも、もしもそれほど価値のない本であっても近くにあったがために、あるいは何の刺激も感動もなくなってしまった本が、ただそばにあっただけでもう一度読まれることになったらどうでしょう。

本当なら全く新しい分野、世界、価値観の本と出会えたであろう時間を無駄使いしたように感じはしないでしょうか。

 

私はしてしまうんです。読みたい本だったなら後悔はないけれど、何かを読みたいときに新しい本がなくて近くにあったという理由だけで選んだ本を読んでしまったとしたら。

あるだけで満足してしまうなんてもったいない。

服は着てこそ服、ハンガーに飾って眺めているだけではもったいない。

 

本も同じことです。

そこにあるだけで満足してしまい新しい分野が入る余地を奪ってしまうのです。

 

もう一度読みたいかどうかで選別していくと、意外なタイトル、作家が脱落していくのがわかります。

その時私の手元に残った本は、50冊ほどでした。

しかし私は極めました。その50冊からさらに絞り込んだのです。

 

するとどうでしょう。

残ったのは最も影響を受けた断捨離の本と、哲学書が数冊だけだったのです。

もっといえば、それすら本当は今の時代なら読みたい時に購入しなおせるし、図書館で借りることも可能なものではありました。

 

しかし、それは水を飲むがごとく近くに置いておきたい。

真夜中、眠れないときに手を伸ばせば届く場所に置いておきたい本なのだとわかり、残すことにしたのです。

厳密にいえば、そのとき数冊の辞書はありました。

しかしそれもその後、一冊だけを残しすべて処分しています。

 

 

処分方法は ‥

装丁が汚れすぎたもの、古すぎる本は指定のゴミ収集日に紐でくくり出しました。

場合によっては読みたい人がそっと持ち帰ることができるように運びやすいけれども解きやすい方法でくくっています。

あとはブックオフに連絡して取りに来てもらい、買取をお願いしました。

 

正直、ゼロ円でも持っていってもらうつもりでしたが、1万円ぐらいにはなったかな‥‥当時。

多くのファンがいそうな作家の新刊本は寄付にまわしました。

サイン本もどうしようもないのでこれに加えて。

本を劇的に手放したので本棚も処分。

現在も本棚は持ってません。

本はよほどのことがない限り図書館で調達し購入は控えています。

それでも手元においておきたいなと思える本を見つけたときは、その本を手放すときの気持ちを本屋さんで軽くシミュレーションしてから購入するようにしています。

 

すると人は慎重になり、そうそうレジにはいけません。

それでもなお欲しいものなら、それは惜しみなく買います。

本が好きというのは、収集ではなくあくまでも読むことが好きなということなので、私の場合は飾るためや見せるための本ではなく、吸収し終えたら手放すことに。

 

本当にもう一度読みたくなったら、今の時代なんとかなります。

どうにでもなります。それでも不安な、決してもう手に入ることはできないだろうと思う本なら、そこまでの本なら何も無理して手放すことはありません。

断捨離に極意があるとするなら、人の作ったマニュアルに自分なりのプラスアルファを一つ入れてもいい、というぐらいの柔軟性を持つことも案外大事です。


ではまた。

最後までお読みいただきありがとうございました。