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正月帰省夫の実家はトラブルの元!?嫁の実家より義実家の怒り

世に「世界の七不思議」という言葉がありますが、本当の不思議はもっと身近にそして考えられないほど沢山ありますよね。

正月で言えば決まりきった「帰省」。

 

独身時代なら帰るにしても帰らないにしても悩みはそれほど複雑じゃありません。

でも、これがひとたび義実家というものが結婚したことによって発生すると、ずいぶんと違ってきます。

 

自分の実家へ帰省できず、思い入れのない義実家へ嫁になったというだけの理由で毎年強要されてしまう正月帰省。

 

これ、本当に続ける必要があるのでしょうか。

三つの事例を取り上げ考えてみます。

 

 

お年玉を取られる上に疎外感を味わう嫁の悩み

事例1.

帰省が重なる義弟夫婦のこともストレスになっています。
小さい子供が二人います。
義妹は、義親が子供の面倒を見ていてくれて、何もすることがないときでも、
みんなの食器洗いを一人でしている私の手伝いもしてくれません。
夫の家族たちは、私が一人でカチャカチャしている中、隣の部屋でみんなでお茶を飲んで
ワイワイ笑い声が聞こえてくると、私一人だけなんだか疎外感を感じてしまいます。

というか、義妹とはいえ私より三つ年上です。
私と同じように嫁いできた身の義妹です。
私には子供はいないけど同じ立場、同じ主婦なのに手伝わないなんてズルイ!と思ってしまいます。
出典:発言小町

 

この方は一度も見たことのない夫のいとこの子供たちへのお年玉も強要されており、二人のその子供への4千円も痛い出費になっていると話されています。

 

人というのは不思議なもので、一面識でもあれば想像力によってお年玉をあげることに意味も意義も感じるし、恩を売る気はなくともありがとうの言葉を貰えるという喜びで出費が帳消しになることも。

けれども会ったこともないいとこの子供たちへの4千円への出費をした上に、一人皿洗いをしているにもかかわらず感謝やねぎらいの言葉もないことに疎外感を感じるというのですが、これ、当然ですね。

 

要は言葉一つなのです。

「ありがとう、次は私が洗うわね」や、「洗い物はいいから、みんなでお茶しましょうよ」や、「手伝うよ」と誰かしら声をかけてくれていたなら、ここまでの虚しさや疎外感は味わっていないのでは?

 

楽しいときこそ、その時間をなぜ過ごせているのか周囲の人を見渡して欲しいものですね。誰かが犠牲になってこそ、みんなが片付け作業をしなくても楽しめている。

たった一人でもそういう気遣いができる人がいれば、まったく違うものになるいい事例かと思います。

 

夫はストレス発散!
妻は気疲れ、話すこともない正月に悲鳴!

事例2

結婚2年目。共働き。子どもなし30代前半の夫婦です。
住まいは私の実家から車で40分位(実家へは月1行くか行かないかです)
主人の実家は車で11時間位
(正月、盆、GW全て車で帰ります←飛行機は高くつくからの理由で
祖父の葬儀でさえ車で帰る程で、今後も飛行機での帰省はないでしょう・・・)
この車での長距離帰省にただでさえ疲れるのに加え、
貴重な大型連休はいつも全て帰省に奪われてしまいます。

しかも今年は8連休。前後の休日は日ごろのお疲れ休みとして我が家で休息。
残りの5泊6日はもちろん彼の実家。
デパートも観光スポットもなにもない山奥の田舎に5泊。
しかも、ご両親も私もおしゃべりな方ではなく、どちらかといえば無口。
子供もいないのでとりとめ盛り上る会話もなく・することもなく・・・
決してご両親のことは嫌いではないのですが、本当に毎回帰るのが苦痛です。

2泊くらいなら我慢できてもさすがに3泊すぎると・・・本当にストレスです。
「普段めったに帰れないから」の主人の言い分はは分かるけど・・・
元々、都会は嫌いで自然溢れる環境が大好きな彼は、自分の実家に帰れて
ストレス解消・親孝行もして満足しているみたいですが、
私は反対にストレスをために行ってるようなものです・・・
出典:発言小町

 

これが結婚というものかと、シングルライフを謳歌している人にはますますシングル期間を延長させてしまうような内容ですね。

ご両親の人柄や好き嫌いをこのお嫁さんは言っているのじゃないというのはよくわかります。

 

実際、そうなのでしょう。

問題は貴重な連休のすべてを必ず「義実家への帰省」という形で奪われてしまうこと。

そしてそれに異を唱えると、それがそく「義父母への不満」だと取られてしまいかねないことへのジレンマであるかと思います。

どちらが正しい正しくないということではなく、これは夫があまりに無神経といわざるを得ません。

 

結婚届に判を押したからといって、それまでまったく交流のなかった赤の他人の家に寝泊りするのです。

それも嫁という特殊な立場になって帰省するとなればくつろげるわけがないということは中学生にもわかること。

 

夫にしてみれば遠方だし大型連休以外のいついくんだ!という反論になるのでしょうが、問題は少しでもそこに妻への配慮が入っているかということになるかと思います。

毎回連休を実家じゃ申し訳ないから、次の連休は二人きりで温泉に行こうとか、君は気疲れするだろうから、2泊3日程度で実家に帰省する形にするよとか、策を練った形跡がわかればまた違ってくると思うわけです。

 

当たり前のように連休となれば自分の実家へ帰省というのでは、夫婦なのだから、という大義名分で何の思いやりも提案も配慮もないのでは、いずれ離婚への道へまっしぐらになっても文句のひとつも言えないでしょう。

束縛されたくない人は結婚しないほうがいいと思わせるに十分な内容です。

 

 

義実家より遠方の老いた母の一人正月に寄り添いたい妻の悲鳴!

事例3

40代の共働きです。小さな子供が二人います。結婚して10年、主人は長男なので、
毎年義理の実家に正月帰省しています。義理の実家には両親と、未婚の義妹がいます。
義理の実家は車で3時間の距離です。主人の家の考えは、正月は家族そろって迎えるのが
通例で、主人も自分の実家がそんなに好きではないと言いながら、
正月と年にもう一回ぐらいは帰らなくてはならないと頑なに思っています。
私の実家は飛行機かフェリーで行かなければいけない遠方にあり、父は他界し、
70代後半の母一人で高齢者住宅に暮らしています。
姉がいますが、実家と車で5時間ほどの距離で、年に何回かは訪問しているようです。
私も母を訪問したいのですが、仕事もあり、3連休以上の休みがないと行けません。
正月休みを利用したたくても、義理の実家に行かなければならないので思うように行けません。
母は正月を毎年一人ぼっちで過ごすので、夫に「自分の実家に行きたい」といっても、
「家族で行くと、いくらかかると思っているんだ」といわれ、「一人でお正月を過ごす
老人の気持ちも考えてほしい」と言っても、「じゃあ、お母さんがうちに来ればいい。」
と言い、「高齢で、一人で飛行機に乗ってくるのは心もとない」というと、
「お前が迎えに行け」。「その間、子供たちの面倒は見てくれるの?」と聞くと、
「俺は知らない」と言われました。
交互にお互いの実家を訪問する家庭もあるようですし、私もそうしてほしいのですが、
なんだかんだ言ってそうしてくれません。子供たちだけを連れて行こうとすると、
お金のことでなじられ、自分が稼いだお金を使って帰省するにしても
「家のお金が減ることに変わりはない」と文句を言われます。
皆さんは、お正月の帰省、どうしていますか?ご意見を聞かせてください。
出典:発言小町

 

正直、この亭主と一緒に生きていいことはなさそうです。

 

嫁の母親を大事に思えないということは、嫁が大事じゃないと同義語と思っていいでしょう。

出費を理由にしてますが、つまりは愛情がないことのわかりやすい屁理屈です。

 

自分のことしか考えていないこの旦那は、一人きりの正月を過ごす嫁の母ばかりか、人間というものの心を想像することもできない、残酷な人間です。

これは正月帰省をきっかけに露呈した夫の本性、本音と思って差し支えないでしょう。

 

この人間へ対する愛情、嫁の母に対する微塵の愛情も示さない男性と今後暮らすことが本当に一度きりの人生で悔いが残らないのかどうか

 

それこそ正月もなく考えたほうがいい事例です。

一人きり、それも年老いてからの正月というものがいかに孤独で寂しいか。

涙なくしては想像できません。

そこを思いやれない人間と生きるには人生はあまりに長すぎます。

 

いかがでしたか。たった三例でも三者三様の苦悩がありますね。

言えることは一つ。

慣例、慣習のために一度きりの人生を棒に振るなです。