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モテる方法を知りたい! 小手先だけの恋愛に疲れたあなたへ

モテる、って変な言葉ですね。

モテるって、いったいどういう意味なんでしょう。

 

モテる、という言葉を相手が納得するように説明できる人はどのぐらいいるのか。

モテナイよりはモテるほうがいい、でも「モテる」の本当の意味もわからないのに、どうやってモテるようになろうとしているのかと不思議に思ったことはありませんか。

 

「モテる」の意味なんてわかっていると思っている人がほとんどだと思うので、辞書で調べることもこれまでなかったかもしれません。

 

「もてる」とは、異性から人気があることやちやほやされること、とあります。

「もてる」という言葉は江戸時代にはすでに使われていて、昭和中期辺りから「モテる」というカタカナを併用した表記も使われるようになったと。(参考:日本語俗語辞書)

 

だいたいの意味がわかった今も、あなたは変わらず「もてたい」と思いますか。

正直、私は意味を知ってげんなりしてしまいました。

 

「ちやほや?」

なんだそれはという失望です。

私の考えている「もてる」というのは決してそんな軽い「ちやほや」というわけのわからない浮いた言葉ではなくもっと魅惑的な意味として心にあったからです。

 

ちやほやされることが「モテる」ということなら、モテるようになるのは難しいことじゃありません。

教わった通りのことをすれば、ある程度ちやほやされる男性、女性になることは不可能でもありません。

 

でも、本当にそんな「モテる」をあなたは目指しているのですか。

不特定多数の人間からちやほやされ、だからなんだというのでしょう。

簡単に褒める人は、簡単にけなす人という言葉もあります。

 

今日は右、明日は左、明後日は見知らぬ他人というのでは、あまりに人生を無駄にしてしまうような気持ちになり、虚しくないでしょうか。

それでもなお、ひとりでも多くの人にもてたいんだと思うなら仕方ありません。

 

マニュアル通りにそつなくこなせば、ある程度の人気者になり、アドレスに人数だけは多く記録することができるでしょう。

でも、モテる人が人として本当に魅力的であるかどうかは、全く別次元であることが多いのもまたひとつ現実です。

 

私の考えるモテるは、この後者。

人として放っておけない魅力に満ちた人間、そういう人が本当の意味で「モテる」のであり、また「モテる」に全く価値を見出さない人でもあると考えるのです。

 

なんだか言葉遊びのようになってきましたが、一段深い「モテる」人間になるために必要な考え方は何かについてお話します。

 

 

頭から「もてたい」を消す

人間の好みほど人それぞれのものはありません。

自分の好きなタイプがバンコク共通の素敵な人であるという評価を受けることもなく、またその逆もない。

 

いうなれば、好きになった人が好き、好きになった人こそ素敵、あまりにも徹頭徹尾、その人が自分にとって魅力的かどうかだけが大事なのです。

そうでなければ、これほどの男女が結びついて子供を産み家族になるはずもないのです。

 

好みが違うというのは、神様の粋な計らいであり、戦略といっていいかもしれません。

どんな人間にも善悪が潜んでいるし、どんな人間でも誰からも好かれたり、嫌われたりということはないもので誰かしらはその人を好きだったり、嫌いだったりします。

 

二度と復帰できないだろうと思う芸能人が何事もなかったように活動を再開できるのは、どんな人間にも救いがあるという見方もできます。

許す人と許さない人、忘れる人と忘れない人、世の中のすべてのものは相反する立場、感情が織りなす奇々怪々なる万華鏡。

 

何が言いたいのかといえば、誰にでも好かれる教本などというものはないし、探す必要もないということです。

もてたい、心のそこから魅力的な人間になって異性にもてたいと本気で思うなら「モテる、モテナイ」という単語を自らの辞書から消し去ってください。

 

どうやったらモテるか。

どうやったら喜ぶか。

 

そんな小手先のハウツー本を買い漁る生活から一ミリでも遠のくことです。

 

本物は偽物を見抜きます。

偽物を引き寄せたくなかったら、自分が本物になるしかないのです。

本物とは、他人の目に映る自分という視点を捨てること。

 

自分がそうしたいから、自分の心の発露、流れのみが自分の意思決定のすべて。

そういったいっけんわがままな生き方、人を寄せ付けないほどのこだわりある美学、生き方、そういったものを見つけ掘り下げることこそ大事です。

 

 

考えてもみてください

近頃では男性も普通に化粧をする時代になってきました。

それどころか、女性以上にスキンケアにお金と時間をかけ、表面だけを繕って本の一冊も読まずに半身浴で綺麗になることに一日のほとんどを費やし満足している人もいます。

 

好きにすればいいと思いますが、果たしてこういう男性に魅力を感じるでしょうか。

魅力を感じるとしたら、それはその人を包む「皮」が好きなだけであって、本質など知りたいとも思ってないかもしれないですね。

 

シミもそばかすもシワも日焼けもない美しい肌がいけないと言っているわけじゃありません。

そこまで必死になる延長線上、ゴールが異性にもてたいがためという動機がすでに残念なのです。

 

だからといって、何かに夢中になっていればモテると勘違いし、部活動に必死になり、あるいはトライアスロンに挑戦し‥‥

ということでもないのです。

 

モテるという言葉を自らの中から抹殺するのです。

そんなことに人生の重きを置かないで生きていくのです。

人はそれだけでもうすでに魅力的になれるといっていいぐらいです。

 

モテる、もてないを考えている男女ほど側から見ていて痛々しい人々はいません。

さもしいのです。浅ましいのです。

モテるとは、目指すものでも自ら主張するものでもありません。

 

とてもではないが心ときめかずにはいられない想いを相手に抱かせる人のことをいうのです。

そんな人になろうと目指したり、ハウツー本を読んではいけません。

 

ただ、人生を必死に生きてください

お金がない人はお金を稼ぐことに必死になってください。

 

サッカーをする人はもてたいから練習をするのじゃなく、ゴールによる快感を得たい、その欲望のためだけに突っ走ってください。

斜め45度が自分のキメ顔だからと女性の座る席を決めつけたり、縦列駐車をカッコよく決める姿を見せるために頭を悩ませたりしないことです。

 

ただ、日々をひたすらに一所懸命に生きてください。

そうすれば、本当の意味でモテる人間になります。

そんなあなたを本物の異性がきっと見つけてくれます。

 

清潔感があって、明るく元気で素直でといったモテる要素を辿ったところで人によっては、それが嫌ということになるほどの定義です。

モテるとは、他人にどう映るかを基準にして生きることから真逆に生き抜く姿を貫く人にこそ当てはまります。

 

それは簡単なことじゃないですが、難しくとも挑む価値があります。

モテるもてないを基準に人生を生きて失敗することはあっても、自分の人生を一生懸命に生きて失敗になることはありません。

 

人がそれを「失敗」と呼んでも、気にならないはずです。

他人の視線や基準で生きてないのですから。

ちやほやされることに意味を見出すのは、デビュー仕立てのアイドルに任せて、本物から愛されることに短い人生の焦点をあてることのほうが大事です。

 

そしてそのためには、モテる、もてないという概念そのものを自分の辞書から外しましょう。

その瞬間から、あなたはきっと魅力的な人に一歩近づけるはず。

 

ただ、日々を懸命に生きる。

これが一番魅力的な人間です。


ではまた。
最後までお読みいただきありがとうございました。