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旦那の実家への帰省が憂鬱な理由は!? 6割以上が行きたくない!

何が憂鬱って、年末年始の実家帰省が一番憂鬱に決まってるじゃない。

という方、本当に多いことでしょう。

 

自分の実家ならわがままも自由もきくけれど、夫にとっては実家でも妻からしたら気を遣うだけの窮屈な場所である旦那さんの実家。

憂鬱に決まっています。

 

その感覚は決しておかしくないどころか、正常な反応なのじゃないでしょうか。

たまの刹那的な挨拶と、宿泊を伴う帰省では身体的にも心理的にも内容がまったく異なるもの。

 

世の妻たちの声を探ってみます。

 

 

旦那の実家への帰省は憂鬱か

  • かなり憂鬱‥‥26%
  • どちらかといえば憂鬱‥‥16%
  • どちらかといえば楽しみ‥14%
  • むしろ楽しみ‥‥13%

(参考:ママこえ)

 

帰省が憂鬱な理由は

  • 気疲れするから‥‥31%
  • 気が合わないから‥‥16%
  • 面倒だから‥‥13%
  • 口うるさいから‥‥13%

正直な意見だと思います。

一つ一つ見てみましょう。

 

 

気疲れする

説明の必要はないですね。

実家に限らず人の家にあがるとなれば、なにかと気を使います。

 

実家とはいえそこは本当の生家ではないわけで、何をするにも気を使うというのは当然。

食事の準備に片付け、お風呂の順番に休む時間まで行動のすべてが「これでいいのか」という自問自答の連続になるわけです。

 

気が合わない

人はみな違うということは頭ではわかっていても、結婚までした夫の両親なのだから価値観は少しは似ているかも、何て思っていたら失望の連続になってしまいます。

 

妻にしてもそれをどうこうしようというよりは、本来ならばゆっくりできるものを帰省したばかりに気が合わない人たちと大切な時間を過ごさなければいけないことへの苛立ち、腹立ちのようなものを感じてしまい遣る瀬無いのだと思います。

 

面倒だから

近所であるとしてもなにかと大変な帰省ですが、これが遠方ということであれば心理的な負担のみならず、金銭的な負担というのも現実として出てきてしまいますよね。

 

ギリギリまで家事や仕事をして、夫婦で帰省できる日程を調整して交通手段を車にするのか、新幹線にするのか。

何泊するのか、土産は何で予算はいくらか。

たとえ一泊二日であろうと7泊8日だろうと手間はほぼ一緒。

 

滞在中の洋服や何やら、とにかく準備に追われ、疲弊しきった状態で実家へ帰省する日を迎える。

本当に面倒は面倒です。

 

口うるさいから

子供がいればいるで教育方針、子供がいなければいないでまだなのかと急かされる。

口出ししてほしくない分野ほど相手が口を出したくなる分野だということもなんとも厄介ですよね。

 

台所を手伝えばやり方が違う、何をするにつけ観察され、評価されるのかと思えば普段上手にやれることさえ緊張から失敗してしまいます。

親というものは、嫁というものはという話も聞きたくないでしょうし、まったく関係のない実家の近所の人間関係を聞かせられるのも苦痛にほかなりません。

 

他にも「家が汚いからイヤ」や、「好きなものが食べられない」という不満、「家の中が寒すぎる」というものや、「食べてばかりで太ってしまう」「好きなことができない」といった不満もありました。

 

言えることは、不安、不満、不自由があって当たり前だということ。

夫でさえある意味他人だというのにその両親に夫以上の親しみを持てというのは、そもそも無理難題というもの。

 

食事の時間に内容に後片付け、お風呂の時間に順番に掃除の仕方、起床時間、消灯時間、テレビ番組の選択から過ごす服装や話す内容まで、まったく普段とは違うものになってしまうということが何よりのストレスなのだと思います。

 

ただ、では行かなければいいということにできればいいですが、それができないのがまた現実。

もちろん行かないという選択も当然あります。

その事情も人の数だけあるはず。

 

 

大切なのは覚悟と割り切り

なにか解決方法はないのでしょうか。

 

この憂鬱な帰省を回避する方法を教えて欲しいという人もいるはずですが、この難問をクリアする方法は最後はここに落ち着くのではないかと思うのです。

 

それは、

覚悟と割り切り

 

実家という言葉には確かに「家」という文字が入ってしまっているので、どうしても「家」の快適さや流れをそのまま再現できると勘違いしてしまいます。

 

しかしそこは「家」という名のついた旅の宿だと思って下さい。

それも「修行」という名の宿だと考えてみるのです。

するとどうでしょう。

 

なにか少し気持ちが違ってきませんか。

違うもなにも、旅館は温泉もあるし上げ膳据え膳だもの全く待遇が違うじゃないのよ、と思いましたか。

 

でも、お客さんという立場になればそうかもしれませんが、ここで肝心なのは、お客さんではなくそこで自分がお客様をもてなすスタッフ側だと考えるのです。

そうなれば、自分より旅館を利用するお客様のことを最優先に考え、ひとつひとつの所作も家のそれとは違って丁寧になるはず。

 

そして、お風呂があとになろうとご飯の片付けを手伝わされてもそれほど苛立ちもしなくなるし、何より自分は客ではないのだという意識が多少の不満や不自由さを軽減してくれるでしょう。

修行なのだから快適なわけはないし、悪いところがあれば注意されることもあるかもしれない。

 

でもここは修行の場だと思えば家でくつろいでいるときの感覚がなくても、好きなことができなくても、多少寒くても、我慢がきくはず。

家と同じ感覚をそのまま再現しようと思うからその差異に苛立つのであって、2泊3日の修行の場だと覚悟し、あとは割り切るのです。

 

もちろん大前提は、どうしても行かざるを得ないならです。

そんな想いまでして行きたくないということもあるでしょう。

それはそれでもちろんいいと思います。

 

ただしそこには人生の法則が働いてしまうことも覚悟をする必要があります。

何かを得たら何かを失う、という法則です。

気楽さ、快適さ、自由の代償というものは必ずあって、例えば人によっては帰省しないことにより実家との関係が悪化し、もしかしたら「うちの嫁は」と悪口を言われることもあるかもしれません。

 

旦那が不機嫌になり、これを機に夫婦仲がギクシャクすることもありうるでしょう。

これまで金銭、あるいは物資面で少なからず支援してもらった夫婦ならそれも危うくなるかもしれません。

それでも実家に帰省するよりはずっといい、それらを犠牲にしてもなお自由は尊いというのなら、その選択を信じて失うものと引き換えに自由を謳歌するだけのことです。

どちらがよく、またどちらかを選んで下さいということは他人には到底口出しできません。

 

決めるのはその人たちの歴史も未来も知らない赤の他人ではなく、やはりご本人たちということになります。

いろいろな実家があると思います。

帰りたくて仕方なくなるような快適な義実家というのも世の中には存在するでしょう。

そしてもちろんその真逆も。

 

なので一口に実家帰省は当然だとか、義務だと、そんなことを何人も口にすることはできないし、しないで欲しいです。

決めることができるのは、その判断によって「失う」「得る」を直接こうむる本人たちだけ。

そのことをしっかり踏まえた上で行くなら行く時の覚悟を。

 

行かないと決めたなら、それにともなう様々な変化、リスクを受け入れる覚悟を持つ。

そういうことだと思います。

何につけどこかで依存しようとする気持ちがあると、相手に付け入る隙を与えてしまうのが人生です。

 


帰省に限らず、仕事にしろ何にしろ人に依存しないと決めた人たちの決断は早く潔いもの。

自分はどうするか。

決めるのはまさに、あなた次第です。

 

ではまた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

参考元:ママこえ